自宅出産・自然出産・助産院バースハーモニー

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両親教室

妊娠、出産、産後の三回に分けて、詳しく学びます。

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食養料理教室

リマクッキングスクール校長、松本光司先生をお招きします。

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ブリージング

呼吸とともに、自分の内面を見つめていきます

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抱っこ法

赤ちゃんを泣かせてあげて、解放していきます。

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個人整体

整体を通してからだを整えてゆきます。

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お産と呼吸は、切っても切れない関係にあります。一般 に知られているのは、ラマーズ法等の、「呼吸法」ですが、ブリージングは、それらの呼吸法とは全く違います。
 呼吸によって、自分の内面 に気づきを促すワークです。過去に受けた精神的なトラウマや、現在抱えている問題を「呼吸という道具」を使って、手放し、開放していく作業です。

実際のお産の時に呼吸をどのように意識すればいいのか?ということも、勉強します。お産は、苦痛ではなく、至福です。ブリージングワークに出席した妊婦さんは、「お産が待ちどうしくなった!」という方が多いです。 また、ご夫婦で参加されたご主人が、会社でとても役に立ったというお話もあります。人生を生きやすくするためにも、夫婦仲良くなるためにも、ぜひぜひご夫婦でご参加下さい。

■日程  奇数月の第一、第二、第三日曜日(全3回コース)午後1時から6時頃まで
■ 参加費用 

お一人5000円、ご夫婦で8000円
      バースハーモニーで出産予定の方は、 お一人4000円、ご夫婦で6000円


ブリージング体験記
「呼吸を受け入れる」 ・・・ブリージング体験 2001年12月 齊藤純子


  講師は自称「呼吸仕事人」の前田正秀さん。初めて彼を見たとき、ぶっきらぼうな 人だなあ、髪の毛や肌の艶からしても二十歳代後半くらいかな、という印象でした。 ところが後になってわかったのですが、四十歳を超えていると聞いて、とても驚いて しまいました。  

いよいよセッションの始まりです。 「息を吸うということは、受け入れること、吐くということは手放すこと、与え ること。愛を受け入れ、手放し、与える、これを繰り返しているのが人間です。」  今までに考えたことのない概念でした。とても衝撃的でした。以前、ヨガの呼吸法 を習ってしばらくやってみたことがあり、意識がとても拡大するのを感じた経験はありましたが、息を吸うことの意味、吐くことの意味を考えたことはありませんでした。

「では、ちょっと、イメージをしてみてください。あなたにとって大嫌いな人がいま す。その人が近寄ってきました。どんな感じがしますか? その時の呼吸はどうです か?」  そう言われても、ぱっと嫌いな人が思いつかず、あれこれ考えを巡らせている私。 だって、嫌いな人いないよ。どうしよう。そんな私を置いて、どんどん話が進んでい きます。 「その人とおんなじエレベーターに乗り合わせました。どんな感じですか?」  えーと、嫌いな人、嫌いな人……好きな人なら思えるんだけどなあ。困ったなあ。 「エレベーターが止まって、ドアが開きました。そこは、どんなところですか?どん な感じですか?」  どんな感じと言われても、私って、誰か嫌いな人いないかなあ。結局、そこからまっ たく進めないまま、完全にひとり、スタート地点に取り残されていました。
 なんとも、 複雑な心境です。  皆さんは、すぐにイメージできますか?ぜひ、やってみてください。どんな感じで すか?  セッションの最後に、実習がありました。大きく口を開いて、息を大きく早くしま す。口を大きく開くことが恥ずかしいと感じました。息を大きくしようとすると、息 が詰まりそうになりました。早くしようと思っても、苦しくてたまりません。とても 長い長い時間に感じました。口は渇くし、息は苦しい。なぜだろう? 周りの人はみ んなやっているようです。私はここでも取り残されました。そしてこの長い取り残さ れた時間に、ひとつのことを強烈に感じたのです。 「息ができないよう!」  それは、心の叫びでした。息をするのがとても下手だったのです。

 セッションが終 わって真っ先に前田さんに言いました。 「息ができません。とても苦しい。」 「どうしてだと思う?」  そうです。彼は決して答えを教えてはくれません。いつも「どんな感じですか?」 「どうしてだと思う?」といいます。彼の答えはいつも決まっています。私は考えま した。そして、言いわけをしました。「排気ガスが苦しくて、いつも息をしないよう にして道路を歩いています」

 でもそれは事実でもありました。つわりの時など、家に いても、一息一息排気ガスが強烈に入ってくるのを感じ、いつもハンカチにアロマを つけて、口を押さえて生活していました。電車に乗ると、重機の油の匂いがするし、 道路を歩くと排気ガスを、まるで私の顔の前でエンジンをふかされているかのように感 じるのです。敏感になるのですね。  彼は言いました。「だけど、そういう状況を選んでいるのはあなただよ。」彼は注 意深く、言葉を選んでいるようでした。そうか、もう逃げられないんだ、そう感じた 瞬間に思い出したのです。  私はとても空気の良いところで育ちました。都会に出てきて空気が汚いから……、 待って! でも小さい頃は、いつも鼻が詰まってて、息ができなかったじゃない、こ れって、空気が汚いせいだけじゃない。私は生まれてからずっと呼吸が浅かったんだ!

 この時やっと、呼吸をちゃんとしてこなかった自分を受け入れることができました。 これか ら、上手に息ができるようになりたい。深い呼吸ができるとどんなことが起こるんだ ろう。新たな課題の出現でした。  その日から私は、排気ガスを受け入れることにしました。道路を歩くときも、おも いっきり息を吸って、おもいっきり息を吐くようにしました。必要なものだけ体に入っ て、有害なものは吐く息と一緒に出ていくところをイメージし、呼吸を意識して歩き ました。すると意外なことに、体が軽くなり、身重の足がすっと軽く運ぶのを感じま した。  
  ああなんてことでしょう! こんな汚れた空気でも、感じ方ひとつでこんなに私の 味方をしてくれるんだ。神様ありがとう。息を吸うことが、愛を受け入れること、息 を吐くことが手放すこと、そして与えること、そういうことなんだ!  その後夫婦で、彼の個人セッションを九回受けました。セッションが終わる頃には、 私自身呼吸も上手にできるようになり、私たち夫婦の価値観や、ものの見方、考え方 もまったく変わっていました。不思議と不安な気持ちがなくなり、今生きていること の喜びを感じられるようになりました。自分自身を許せるようになりました。そして、 そのままの自分が大好きになりました。もちろん、周りの人に対しても、優しい気持 ちで接することができるようになりました。

☆ ☆ ☆

 「だけど、そういう状況を選んでいるのはあなただよ」  
  彼は注意深く、言葉を選んでいるようでした。

 私は、なぜ『そういう状況を選んで きた』のでしょう? 一体どういう意味があるのでしょうか。 『息を吸うということは、受け入れること、吐くということは手放すこと、与えるこ と。愛を受け入れ、手放し、与える、これを繰り返している』のだとすれば、呼吸を 浅くすることは何を意味するのでしょう。そうです。受け入れられない、手放せな い、与えられない、を繰り返していることになります。愛を受け入れられない、自分 を手放せない、人に与えられない……。

 うーん、嫌いな人が思い浮かばなかったわけ です。きっと、心底嫌いになれるほど、人と深くかかわっていなかったのかもしれま せん。人と深く関わるのが怖かったのかもしれません。表面的にお付き合いしている と、それほど傷つくこともありませんし、相手にいやな思いをさせることもありませ ん。その代わり、心から通じ合うことも出来ないでしょう。自分はいつも孤独だと感 じていました。そして、いつも不安で、なにかしら満たされない思いを感じていまし た。こんなはずじゃない、なにか違う、本当の自分はどこにいるんだろう……と。

最初の呼吸  呼吸のセッション中、自分がどんな状態で生まれてきたかを調べる、という宿題が 出されました。 私は、母にとって初めての出産で、陣痛が始まってから三日程かかっ て、やっと生まれてきました。へその緒を首にしっかり巻いたまま、真っ青な状態で 生まれてきた私は、ぐったりしていて、すぐに逆さにされ、おしりを叩かれ、やっと 泣いたそうです。父は仕事でその場にはいませんでしたが、祖母が娘の出産にずっと 立ち会い、私の誕生をとても喜んでくれたそうです。  
 人間は、学習する動物です。誕生の瞬間に「自分の力で呼吸すること」を学びます。 実は、この学び方が、その後の人生において重要な意味を持つことになります。すな わち、人生の課題に直面したときに、無意識のうちに、この学びのパターンを繰り返 してしまうらしいのです。私が今まで、いろいろな問題に直面した時に、無意識のう ちに繰り返していたパターンは、確かに生まれた時の状況そのものでした。息が出来 ない状況、人からお尻を叩かれないと動かない状況、引っ込み思案、臆病、劣等感、 またそれとは裏腹に、今やろうと思っていたのに! という思い、自分自身が認めて もらっていないと感じる心……。生まれたときに受けた心の傷が、そのまま残って、 私の人生すべてに関わってきていたことに気付かされました。

   そのことを考えたとき、自然な経過をたどっているお産の場合、私たち助産婦の、 やってはいけない仕事の数々が、心に浮かびました。そして、やるべき使命のような ものを感じました。それは、生まれた子どもの生きる力を信じて、じっと見守ること と、臍帯は、拍動が止まるまで、止めたり切ったりしないでそのままにしておくこと、 それから、気道や胃の吸引をしないこと、愛情深く、そっとやさしく接すること、で す。

 出生の再体験・・・リバーシング   ある夜、私は一人で仰向けになって、早く大きく呼吸をしました。どんどん、先に 進みたい思いが強く、どうなるかなという興味もあって、呼吸を続けていました。す ると、なんだか体全体が締めつけられるように感じたかと思うと、今度は首の辺りが 徐々に締まってきました。頭に血がのぼってきて、首を絞められたような感じです。 呼吸を続けたまま、しばらくすると、ゆっくりと開放されていきました。さらにしば らくすると、また同じような感覚が全身を包みました。何度か繰り返すうち、はっと しました。陣痛の波のように寄せては返す感覚、生まれてくるときの産道での記憶が よみがえったのです。確かに、へその緒が首に巻き付いています。陣痛からわずかに 遅れて、首が締めつけられます。でも不思議と不安はありません。苦しいとも思いま せん。ただ、圧迫されている感じ、そして抱きしめられているような感じで、なんと なく嬉しい気持ちでした。  その後、どのように生まれたのかまでは、感じられませんでした。意識を失ってし まったのでしょうか。でも、無事にこうして生きているのですから、生まれたことに は間違いないのですけれど……。

   前田さんにこのことを話すと、びっくりしていました。普通 は妊婦さんには、そこ までやらせないんだそうです。なかには、本当の陣痛が来てしまう人もいるらしいの です。だから、まねしないでくださいね。  ただ、こういう体験を分かち合うことで、呼吸の大切さや、呼吸のエネルギーの凄 さを、そして「最初の呼吸」の意味を考えていただけたら、それだけでとても価値が あるのではないかと思うのです。

 人間は、呼吸し、食べ、消化し、血液を作り、循環させ、排泄して生きています。 そのために、肺、胃、腸、心臓、腎臓など、いろんな臓器が無意識のうちに働いてい ますが、そのなかで肺だけは、ちょっと変わった性質を持っています。というのは、 他の臓器は自分の意識で動かすことはできませんが、肺は唯一、意識でも動かすこと が出来る臓器なのです。ですから呼吸を意識することで、無意識を意識化する事へと 繋がっていくのではないかと思います。  
  そして、無意識を意識化した時、いろいろな事が開放されてゆきます。辛いときや 苦しいとき、そのことを受け入れまいとして、人は無意識のうちに呼吸を浅くしてい ます。その時にあえて意識して深い呼吸をすることで、その出来事を受け入れてみま しょう。たとえば、普段の生活のなかで、嫌いな人がそばに来たら大きく深呼吸をし てみる、また嫌なことにぶつかったときに、大きくため息をついてみる、疲れたなと 思ったら、呼吸を深くたくさんしてみる、という具合に。

 そう、味わって、手放して ゆくのです。そしてその出来事が、自分の成長にとって必要だった、ということを感 じてみてください。答えは、ひとりひとり自分の中にあります。そして、そのことを 周りの人と分かち合いましょう。きっと素敵な出逢いが待っていますよ……。






ブリージングトレーナー

前田正秀のプロフィール
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ブリージングトレナー・レイキマスター・
TV演出家・映像作家・な~んちゃって著作家

1956年
山口県防府市に1.800グラムで生まれる。予定日より3週間早い早産児である。母子手帳には、2.000グラムと記されており、担当医の温情からそう書かれたらしいと、祖母から聞かされている。

1974年
山口県立防府高校を卒業。

 1979年
立命館大学 産業社会学部を卒業。

 1981年
横浜映画放送専門学院を卒業。以来、自主映画制作にとりかかる。

  1984年
監督作品16mm映画「喝華」を鈴なり1番舘、ユーロスペー ス、キネカ大森にて配給。

1987年~
フリーランスのビデオディレクター開始。
多数の企業PRやトヨタカップ、アメリカズカップなど各種プ ロモ ーション作品を手がける。

1991年
河口湖でファィヤーウォークのワークショップに参加し火渡りとブリージングを体験。
奈良県天河村のファイヤーウォークを撮影。

1992年
ビテオ『ファィヤーウォークin天河神社』監督作品、発売。
スティーブン・グゼビエからレイキヒーリングを学ぶ。
以来、アシスタントをしながらプロセスワークを学びヒーリングの基礎を習得。

1993年
「素敵にドキュメント」『警察24時』演出。
  マイケル・スカイの9日間ブりージングトレナーズコースを習得。同年、レイキの個人セッションと ブリージングの個人セッション、小グループのブリージングワークを始める
天河で「天と大地をつなぐブリージングワークショップ」を開催。

1994年
長女の宇海が誕生。神奈川県海老名市・片桐助産院での水中出産に立ち会う。
へその緒を切る体験をし、自己呼吸の始まりについて実際に学ぶ。
『緊急スペシャル!超常現象を見た!』演出。
高視聴率の番組演出が続くも、モザイクの必要な番組はこれきりにしたいと思う。
 感じるワーク」を東京都檜原村の分校跡で、歌と絵と呼吸のワークを一泊二日で開催。
妻の美智子とレイキマスター矢島礼子と私の3人のリードで行う。
リバーシングのワークを片桐助産院で助産婦さんを対象に開催。
以来、出産と呼吸と人生の関係について研究を始める。
第2回目 「天と大地をつなぐブリージングワークショップ」天河神社で開催。
妊婦を含めたパートナーブリージングを始める。

1995年
片桐助産院院長、片桐弘子先生を招き、講演会「出産と呼吸」で講演をする。
片桐助産院主催の母親教室で「呼吸」の講師となる。
第2回目「感じるワーク」を東京都檜原村にて主催。
第3回目 「天と大地をつなぐブリージングワークショップ」を天河神社で開催。
矢島礼子レイキセミナーを福岡にて開催。

1996
東京女子短大・助産婦コースの生徒を対象に「出産と呼吸」
について講演をする。 同時にブリージングワークショップを開催。    
緑のびのび」レギュラー演出となり1998年まで続く。
レイキマスターとなる。

1997年
神奈川県大和市に引っ越す。
冬季オリンピック用長野市タウンガイドを演出。

1998年
ミクロネシアのポンペイからヴァヌアツ諸島へいく船上でリバーシング体験をする。 多様性と怖れの感情の関係を学ぶ。
自分の出産についての調査を始める。とくに中毒症の感情についての考察を始める。
パニック障害と出産との関係についての考察を始める。 感情の科学に傾倒する。
胎児と母親との感情の共感について科学的アプローチを展開するようになる。
北京の万里の長城と中国新彊ウィグル地区へ取材の仕事で行く。
やはり、 多様性と怖れの感情の関係を学ぶ。 

1999年
「サイエンストピックス」・「サイエンスビュー」サイエンスchのレギュラー構成・演出。2000年まで続く。

2001年
DVD「JIPANG発『賢材』発見伝」を企画・制作・監督・カメラ・編集の一貫体制で発売。
 出産と呼吸と人生の関係についての本を執筆。

2002年
著作家としてデビュー予定。現在、な~んちゃって著作家です。
  バースハーモニー・池川クリニック・春日助産院で『母と子の呼吸』 レギュラー開催。
  福岡市・七尾市にて『誕生と呼吸と人生』講演会開催。 河口湖ポジティブブリージングを開始。エンジェルタッチヒーリングを開始。